生命保険の歴史と役割:
保険の歴史1~保険の誕生~

保険の歴史①保険の誕生ここでは、保険が社会にどのように誕生してきたのかをみていきたいと思います。生命保険の始まりと言われているのが、17世紀イギリスでおこなわれた「香典前払組合」です。これはセントポール寺院の牧師たちが葬式代をお互いに出しあい積み立て始めたのがきっかけとなったと言われています。
また保険の理念の源と呼べる「相互扶助」はさらに古くローマ時代にもあったと言われ、有名なものには中世ヨーロッパで誕生したギルド(目的を同じとする商人や職人による組合)などもあります。
イギリスで誕生した香典前払組合に続き、17世紀後半にはイタリアで「トンチン年金」と呼ばれる年金の原型が見受けられます。トンチン年金は、加入者が保険料を払い、運用された利息が生存者の年金として支払われ、受給者が減ると受け取る年金が増えていき全員死亡すると残っているお金は国に納められました。国の資金集めの手段として、ヨーロッパ各国、特にフランスなどで盛んにおこなわれていたそうです。

では、近代の生命保険はどのように発祥してきたのでしょうか。
生命保険の保険料の計算の基礎となる「生命表」が発案されたのは、18世紀「ハレー彗星」で有名な天文学者エドモンド・ハリーだと言われています。生命表とは年齢、性別ごとに生存している人と死亡した人の割合を統計的にまとめた表の事で、現在の日本では厚生労働省が国民全体を対象とした国勢調査による「国民生命表」、日本アクチュアリー会が生命保険に加入した人だけを対象とした「生保標準生命表」などがあります。
エドモンド・ハリーにより生命表が作成されたことで、各年齢、性別ごとに保険料を払う者の人数と亡くなる者の人数が推定でき、死亡する確率に応じて保険料に差をつけることが考えられていきました。そして18世紀イギリスで死亡率に基づいた保険料を集める制度が誕生し、これが近代の生命保険のルーツとなっていると言われています。

もっとも歴史のある生命保険会社は1762年にイギリスに設立されたエクイタブル生命であると言われています。エクイタブル生命では現在の生命保険の保険料計算の主流の一つである「平準保険料方式」を取り入れました。平準保険料方式とは通常死亡率に応じて保険料を徴収すると年々保険料が上がっていくことになり高齢になればなるほど高額な保険料が必要となってしまいます。そこで平準保険料つまり、契約期間に応じて契約期間の前半に将来の保険料を前払いし、契約期間の後半に積み立てられた金額を保険料として取り崩すことによって年齢が上がっても納める保険料は変わらないように考えられた保険料の支払い方法です。
この方式を取り入れる事で、前払いされた保険料が生命保険会社の多額の運用資産となりました。そしていわゆる機関投資家として金融市場に大きな影響力を持つことになっていったのです。ちなみに日本の民間生命保険会社の総資産額は生命保険協会の発表では平成18年度決算で220兆円を超えています。

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